◆移籍車 1995〜2003年度導入 その1


 移籍車の大量導入は引き続き行われたが、1996年度以降、車種構成が大きく変わった。殆どが中型車となり、大型車はこの時期は8年間で7両しか移籍していない。また、1999年5月に日立電鉄バスとしてバス事業が再統合されるが、一般乗合用の新車の投入はストップ。一方で全国各地の事業者が移籍車の導入を開始し、とくに中型車のニーズが高くなり市場では品薄な傾向となった。結果、電鉄は様々な事業者から車両を購入するようになる。
 まずは、もと東京都交通局と西武バスグループの車両を取り上げる。

 
・もと東京都交通局(中型ほか)

 東京都交通局(都営バス)は昭和59年度から中型車の導入を開始した。しかし当時は営業所単位でメーカが決まっていたこともあり、車種構成には大きく偏りがあった。結果、電鉄に移籍したもと都営の中型は日デが1両、いすゞは2両(うち1両は特定輸送車の改造)、日野が5両にとどまった。代わりに、それまで縁の無かった三菱ふそうが10両と大半を占めている。旧・日産コンツェルン(春光会)の一員である日製系列の事業者がふそうを導入したのは驚きであった。これ以外にこの時期に、日野の大型が3両移籍している。
 都営バスは移籍車市場での人気が年々高くなっていたが、一方で電鉄への移籍事例は徐々に減ってゆく。都営の中型は平成2年度で一旦投入が終了するが、電鉄への移籍もこの世代で終了となった。

 水戸22あ1934

日デP-RM81G +富士6E 1985年6月製・1996年度移籍
2001年5月 日立駅

都営ではこの型式は少数派だった。廃車後は殆どが羽後交通に移籍し、この1両だけが電鉄に移籍した。側面方向幕の移設は行われていない。系統幕を使っていないのは高萩から北で主に使われていた為と思われる。

 

 

 
2004年4月 日立駅
 

 水戸22あ1954

三菱ふそうP-MK116J +呉羽 1986年2月製・1996年度移籍
2000年10月 日立南

都営の中型は大型と異なり逆T字窓を採用している。
 

 水戸22あ1955

三菱ふそうP-MK116J +呉羽 1986年2月製・1996年度移籍
1998年8月 多賀駅
 

 水戸22あ1963

三菱ふそうP-MK116J +呉羽 1986年2月製・1996年度移籍
1999年3月 日立南
 

 水戸22あ1966

三菱ふそうP-MK116J +呉羽 1986年2月製・1996年度移籍
2004年4月 日立南
 

 水戸22あ1971

三菱ふそうP-MK116J +呉羽 1986年2月製・1996年度移籍
2000年3月 日立駅

この年度の移籍車はふそうが殆どだった。当時都営で廃車になった1985年度導入車にふそうの中型が多かった故かもしれない。
 

 水戸22あ2038

三菱ふそうP-MK116J +呉羽 1986年11月製・1997年度移籍
1999年3月 日立駅

1997年度の移籍車から中型車は側面の方向幕の位置を変更していない。画像はでんてつオーシャンバス時代のもの。
 

 水戸22あ2039

三菱ふそうP-MK116J +呉羽 1986年11月製・1997年度移籍
2003年1月 日立駅
 

 水戸22あ2059

日野P-HT233BA +日野車体 1997年度移籍
2005年12月 日立駅

もと都営の日野P-HT233BAは3両存在したが、窓の入れ替え方が各車異なる。原型は前扉直後に大型方向幕があった。
 

 水戸22あ2060

日野P-HT233BA +日野車体 1997年度移籍
2006年4月 日立南
 

 水戸22あ2133

三菱ふそうP-MK116J +呉羽 1987年5月製・1998年度移籍
2002年1月 神峰

この頃になると都営からの移籍車は年間4両程度と規模が小さくなる。
 

 水戸22あ2134

日野P-HT233BA +日野車体 1998年度移籍
2005年3月 日立南

2059、2060とは製造年度が異なり、屋根が薄くなる。
 

 水戸22あ2143

いすゞP-LR312JA +IK 1987年7月製・1998年度移籍
2004年5月 日立駅

電鉄に移籍した都営の乗合用LRはこれのみ。
 

 水戸22あ2173

三菱ふそうP-MK116J +呉羽 1987年5月製・1998年度移籍
1999年3月 日立駅
 

 水戸200か9

日野P-RJ172BA +日野車体 1999年度移籍
1999年8月 多賀駅

この車両以降が水戸200ナンバーで、また行先表示が基本的にLEDになる。
 

 水戸200か13

日野P-RJ172BA +日野車体 1999年度移籍
1999年8月 多賀駅

登録が遅いにも関わらず、行き先表示は方向幕。
 

 水戸200か15

日野P-RJ172BA +日野車体 1999年度移籍
1999年8月 多賀駅
 

 水戸200か262

日野U-RJ3HJAA +日野車体 2001年度移籍
2002年3月 日立駅

2年度ぶりの都営からの移籍で、排ガス規制が平成元年規制(U-)となった。
 

 水戸200か272

三菱ふそうP-MK117J +呉羽 1990年2月製・2001年度移籍
2007年1月 多賀駅

モデルチェンジ後のMKはこの1両のみ。
 

 水戸22か386

日野U-RJ3HJAA +日野車体 2002年度移籍
2003年1月 日立駅

広告枠を前中扉間に取り付けた為なのか、社名ロゴが中扉より後ろに書かれている。また窓上の青帯が省略されている。
 

 水戸200か394

いすゞU-LR332J +IK 1990年12月製・2002年度移籍
2009年8月 日立駅

もとは特定車(養護学校のスクールバス)で都営では一般路線車で導入の無かった型式。当然ながら方向幕は後付け。

 
・もと西武バスグループ

 1995年度後期に電鉄にはじめて中型の移籍車が入った。これが、もと西武バスの車両である。しかし、西武の中型はそれほど多くないためか、電鉄には1998年度までに4台が移籍したに過ぎない。
 その後、2002年度に系列の西武総合企画(←西武自動車)から特定輸送車が乗合用に転用されて移籍している。同じ時期に都営からも同様の改造を受けた車両が移籍しており、当時、市場で中型が枯渇していたことが垣間見える。

 水戸22あ1911

日デP-RM81G +富士6E 1987年3月製・1995年度移籍
2001年5月 日立駅

方向幕と系統幕が分割されていないのは、導入当初は行先番号が存在しない でんてつオーシャンバスの所属であったからかもしれない。ごく一般的な軸距4.28m車

 

 

 
2006年3月 神峰
 

 水戸22あ2068

日デP-RM81E +富士6E 1988年6月製・1997年度移籍
1998年8月 神峰

もとは秩父の奥地に向かう中津川線用の短尺車(軸距3.85m)。中扉より後ろの窓幅が異なっている。
 

 水戸22あ2072

日デP-RM81E +富士6E 1987年7月製・1997年度移籍
1998年8月 神峰

こちらも中津川線用の短尺車だが、製造はこちらのほうが1年早い。中扉直後の車掌台の有無に違いが表れている。
 

 水戸22あ2099

日デP-RM81G +富士6E 1986年製・1997年度移籍
1999年3月 神峰

もと西武のRM81Gの中では、登録は一番遅いが、製造はいちばん旧い。
 

 水戸200か388

日デP-RM81G +富士6B 1990年3月製・2002年度移籍
2016年3月 日立市幸町1丁目(平和町)

もとは西武自動車→西武総合企画の特定輸送車。 方向幕は当然後付けで、リアは窓の下辺に置かれている。

 

 

 
2003年1月 日立駅
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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