◆移籍車 1995〜2003年度導入 その2


 ここで1990年代前半の全国的な移籍車事情に触れておきたい。当時は未だ移籍車を積極的に導入する事業者の数は少なかった(たとば九州方面は数えるほどだった)。一方で、移籍車を出す事業者も神奈中、西武、京阪が主だったところに都営が加わり、他に小田急、臨港、京浜急行、宇治交、淡交が時々加わる程度。東急と国際興業は系列事業者のみが対象であった(ほかに少数の事例や地域内取引と形容できる事例はある)。
 しかし、1990年代後半に入り移籍車を導入する事業者は急増。移籍車を出す事業者もそれに比例するかのように増えていった。
ここでは、1999年度までに移籍したもと遠州鉄道、大阪市交通局、新京成電鉄について取り上げる。どの事業者も当時は移籍事例が珍しいといわれていた。  

 
・もと遠州鉄道

 遠州鉄道(遠鉄)では昭和58年排ガス規制(P-)適合の中型車が、当時の同社の平均使用年数よりもだいぶ早く車齢8年程度廃車になった。遠鉄の路線車が移籍車市場にでてきたのはこのときが初めてである。電鉄には2回にわけて8両が移籍している。
いずれの車両も仕様は前中折戸でメトロ窓(日野)もしくはT字窓(いすゞ)。リアに方向幕は無かったので、移籍の際に設置している。なお、日野の多くは富士6Eを架装した珍車であることは特筆される。

 水戸22あ1974

いすゞP-LR312J +IK 1996年度移籍
1998年8月 神峰

のちに北茨城市内巡回バス専用車となり黄色一色になった。
 

 水戸22あ1975

日野P-RJ172BA +富士6E 1987年3月製・1996年度移籍
2002年3月 日立駅

全国でも5事業者でしか導入事例がない日野P-RJ_BA+富士6Eだが、遠鉄はまとまった数を保有していた。
 

 水戸22あ1986

日野P-RJ172BA +富士6E 1987年3月製・1996年度移籍
2005年3月 日立南
 

 水戸22あ1987

日野P-RJ172BA +富士6E 1987年3月製・1996年度移籍
1999年3月 常北太田駅
 

 水戸200か57

日野P-RJ172BA +富士6E 1988年4月製・1999年度移籍
2011年8月 日立駅

行き先表示がLEDになる。側面の方向幕の位置は変わっていないが、窓全体を作り直している。
 

 水戸200か63

日野P-RJ172BA +富士6E 1988年4月製・1999年度移籍
2012年2月 日立駅
 

 水戸200か64

いすゞP-LR312J +IK 1988年11月製・1999年度移籍
2001年5月 日立駅

 

 

 
2005年12月 日立南
 

 水戸200か69

日野P-RJ172CA +日野車体 1988年製・1999年度移籍
2003年1月 日立駅

P-RJ_CAにモデルチェンジ後は通常の日野車体架装になった。

 
・もと大阪市交通局

 大阪市交通局のバスは昭和58年排ガス規制の車両から、ぼちぼちと全国に流通するようになった。電鉄はいち早く導入した事業者の一つである。
 電鉄に移籍したのは日デと日野の中型車で、いずれもトルコンAT装備だったのが特徴である。扉配置はすべて前後引戸で電鉄オリジナルの車両とは異なるが、そのようなことに構っていられなくなった事情を感じる。また、大阪市の車両はフォグランプが無かったが、移籍時に取り付けている。
移籍年度は1997年度のみだが、日デ6両、日野3両とまとまった数が在籍していた。
 

 水戸22あ2041

日デP-RM81G +富士6E 1986年1月製・1997年度移籍
2003年1月 日立駅

移籍時の改造を施工した事業者により仕様が一部異なるのはこのグループも同じ。この施工業者(H社)では、バンパーに穴をあけて丸いフォグランプを取り付け、ヘッドライトベゼルを車体と同じ色に塗ったことが特徴。
 

 水戸22あ2043

日デP-RM81G +富士6E 1986年1月製・1997年度移籍
1998年8月 日立駅

大阪市交の日デ+富士は標準の富士重工ではなくヂーゼル機器のエアコンを取り付けていたのが特徴だが、これもその例に漏れない。

 

 

 
1998年8月 日立駅
 

 水戸22あ2045

日デP-RM81G +富士6E 1986年1月製・1997年度移籍
2002年3月 日立駅

こちらの施工事業者(D社)は、定石通りヘッドライトの真下に角型のフォグランプを取り付けた。ライトベゼルも黒塗りである。
 

 水戸22あ2046

日デP-RM81G +富士6E 1986年1月製・1997年度移籍
1999年3月 日立南
 

 水戸22あ2047

日デP-RM81G +富士6E 1986年2月製・1997年度移籍
1999年3月 神峰
 

 水戸22あ2048

日デP-RM81G +富士6E 1986年1月製・1997年度移籍
2005年12月 日立駅
 

 水戸22あ2073

日野P-RJ172BA +日野車体 1986年製・1997年度移籍
1999年3月 日立南

屋上のエバポレータの位置が後方にずれている2つ目RJは他の事業者にも若干ではあるが存在する。大阪市交の場合はそれに加えカバーの向きが前後逆になっている。
 

 水戸22あ2074

日野P-RJ172BA +日野車体 1986年製・1997年度移籍
2003年1月 日立駅
 

 水戸22あ2075

日野P-RJ172BA +日野車体 1986年製・1997年度移籍
2005年8月 日立南

 
・もと新京成電鉄

 1990年代中頃の時点では新京成電鉄のバスは、当時の移籍車市場(おおよそ車齢10年)に出すには廃車時の車齢が高く、移籍は考えられなかった。が、中型車は若干早く10年程度で廃車になったためか、同社から他事業者への初の移籍事例となった。
新京成は1986年から中型を導入したが、2000年頃まで全体でもその数は比較的少数にとどまり、車種も日デのみだった。従って、電鉄に移籍したのも当然ながら日デである。前中引戸・2段窓で、電鉄の自社発注と大差の無い仕様である。
 

 水戸22あ2080

日デP-RM81G +富士6E 1986年3月製・1997年度移籍
2002年1月 神峰

西武バスのRMと外観は似ているが、こちらは方向幕下の窓がHゴム支持の固定窓ではなく、引き違い窓になっていた。
 

 水戸22あ2091

日デP-RM81G +富士6E 1986年3月製・1997年度移籍
1998年8月 多賀駅

 

 

 
2005年3月 日立南
 

 水戸22あ2180

日デP-RM81G +富士6E 1988年2月製・1998年度移籍
2002年1月 日立駅

他の2両より製造年が2年新しくヘッドライトが角目に変化している。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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