◆神奈電の車両 歴史編

 神奈電成立時から1988年8月現在まで旅客車の、各年度の入籍車両と除籍車両、および車両数等を表にすると下表のようになる。
 ポイントとなる点を年代別に記す。


1)神奈電が成立時、各社から引き継いだ車両の総数は、合計40両である。

・愛甲鉄道引き継ぎ 12両
愛甲鉄道 神奈電の新車番
モハ101〜105自社発注・川造型モハ101〜105
モハ111、112もと鉄道省モハ1063、1032モハ111・112
クハ121、122南海木造車の車体流用クハ121・122
クハ133もと国鉄客車・車体新造クハ133
ハフ1・2非電化時代客車の車体改造ハフ141、142

・秦野電気軌道、大山電気軌道引き継ぎ 19両
秦野電軌・大山電軌神奈電の新車番
2、6自社発注・木造単車モハ2、6
3、5自社発注・鋼製単車(消失車の車体新造)モハ3、5
11、12、16もと京王23形モハ11〜13
21、22自社発注 阪急・目蒲形木造車モハ21、22
31、32自社発注 蒲原タイプ鋼製ボギー車モハ201・202
モハ111〜116自社発注 日車丸窓モハ211〜216
モハニ121〜122合造車モハニ221〜222

・相北電気鉄道引き継ぎ 9両
相北電鉄 神奈電の新車番
モハ1〜3木造単車モハ7〜9
モハ11〜14雨宮製ボギー車モハ311〜314
サハ5、6木造客車サハ321、322


2)神奈電成立後、平塚周辺の工場への輸送で車両増が必要となったが、入線したのは3両に留まる。
 合計43両で1945年の敗戦を迎える。
入籍車両入籍
除籍車両除籍
増減
車両
総数
改造等備考
194240040神奈電成立
1943モハニ501
 (入線時サハ代用)
1141
1944サハ151、152
 (もと小野田キハ11→国鉄)
2243
19450043
太字は自社発注の新造車(車体流用車は除く)


3)1946年以降(昭和20年代)の戦後混乱期は、手あたり次第に車両をかき集め、1955年の時点で車両数は約1.5倍の59両になる。
 このときは、主に国鉄から払い下げられた車両が多く、もと木造省電、木造車を中心とする買収国電、ガソリンカーといった内容である。
 一方で、各社引き継ぎの2軸車は輸送力不足、および酷使されたことなどから、1950年代には、早くも整理がはじまっている。

入籍車両入籍
除籍車両除籍
増減
車両
総数
改造等備考
194600043
1947クハ601〜602
 (もと国鉄戦災車)
20245
1948クハ611〜613
 (もと国鉄サハ19)
30348
1949モハ511、512
 (もと南武モハ100→国鉄)
クハ621、622
 (もと南武クハ500→国鉄)
モハ701、702
 (もと豊川モハ10→国鉄)
モハ711
 (もと宮城モハニ201→国鉄)
70755
1950クハ631
 (もと国鉄キハ40000)
モハ531、532
 (もと国鉄キハ41000)
30358
1951モハ113・114
 (もと国鉄モハ1)
2モハ2、モハ6
 (秦野・木造単車)
2058モハニ501 電装
1952モハ721
 (もと伊那デハ200→国鉄)
1モハ11〜13
 (もと京王23→秦野)
3-256 
1953クハ641〜643
 (富士山麓の車体流用)
30359サハ151、152→クハ151、152
1954モハ1001・10022モハ7〜9
 (相北・木造単車)
3-158モハ111〜112→クハ111〜112
(モハ1001・1002に機器流用)
1955クハ1051・1052

モハ722
 (もと伊那→国鉄モハ1910)
3サハ311、312
 (相北客車)
2159
太字は自社発注の新造車(車体流用車は除く)


4)1954年に新造車1000形(現在のモハ3721形)を導入する。新造車の導入は昭和30年代を中心に1968年まで続き、合計16両が投入された。
 全て日車製である。
 また昭和30年代にも木造車追放のため、引き続き国鉄から買収国電を中心に払下げを受けている。
 愛甲鉄道が日立PR系、秦野電軌・大山電軌が芝浦RPC系と電空カム軸式を使用していたことから、同じ装備の買収国電が好まれた模様。
 他に、中型車が入線できない秦野・大山線には京王と阪神から車両を譲り受けている。
 この時期は1956年に62両、1965年に64両で、導入数の割に総数はそれほど増えていない。沿線の発展が進む前だったことを示している。

入籍車両入籍
除籍車両除籍
増減
車両
総数
改造等備考
1956モハ731・732
 (もと鶴臨→国鉄モハ1520)
クハ811・812
 (もと鶴臨→国鉄クハ5510)
クハ821
 (もと青梅→国鉄クハ6120)
5ハフ141、1422362
1957モハ1011・1012

クハ822
 (もと青梅→国鉄クハ6110)
3クハ121、122
 (もと南海)
2163相北線
昇圧
1958モハ751、752
 (もと宮城→国鉄モハ2320)
2クハ111
 (省モハ1→愛甲)
1164
1959モハ10131モハ113
 (もと国鉄モハ1)
1064
1960モハ1014

クハ823
 (もと青梅→国鉄クハ6110)
モハ733
 (もと鶴臨→国鉄モハ1520)
モハ761〜763
 (もと阪神601)
6クハ133
 (国鉄客車)
クハ112
 (省モハ1→愛甲)
モハ114
 (もと国鉄モハ1)
モハ711
 (もと宮城モハニ201→国鉄)
モハ3、5
6064
1961モハ10151クハ611
 (もと国鉄サハ19)
1064
1962モハ101610165
1963モハ1021-モハ10222クハ612〜613
 (もと国鉄サハ19)
2065
1964モハ771、モハ772
 (もと京王2400)
2クハ601〜602
 (もと国鉄戦災車)
モハ21、22
 (秦野木造)
4-263モハ201・202→クハ201・202
1965モハ1023-モハ1024

モハ753
 (もと宮城→国鉄モハ2320)
3モハ701・702
 (もと豊川モハ10→国鉄)
2164モハ301・302→クハ301・302
1966モハ3451・3452
 (もと阪神861)
2クハ151、152
 (もと小野田キハ11)
2064モハ303・304→クハ303・304
1967モハ3735〜3737
 (もと南武→国鉄モハ2000)
モハ3511
 (もと宇部→国鉄モハ1310)
4モハ721
 (もと伊那デハ200)、
1367大改番
1968モハ3635-モハ36362クハ1212
 (もと国鉄キハ40000)
1168
太字は自社発注の新造車(車体流用車は除く)


5) 1967年に全車両の一斉改番を行っている。
 新基準では、車両の最大長と各車種に応じた番号体系となった。
旧車番新車番
モハ101〜105モハ3701〜3705愛甲鉄道引継・川造型
クハ201〜202クハ1202、1204秦野電気軌道引継
モハ211〜216モハ3401〜3406大山電気軌道引継・日車丸窓
モハニ221〜222モハニ2411〜2412秦野電気軌道引継
クハ301〜304クハ1303〜1304相北電気鉄道引継
モハニ501モハニ2711神奈電自社発注・日鉄自製
モハ511〜512モハ3421〜3422もと南武鉄道モハ100→国鉄
モハ531〜532モハ3601〜3602もと国鉄キハ41000
クハ621〜622クハ1502、1504もと南武鉄道クハ500→国鉄
クハ631クハ1212もと国鉄キハ40000
クハ641〜643クハ1512、1514、1516富士山麓モハ1車体流用
モハ722モハ3521もと伊那→国鉄モハ1910
モハ731〜733モハ3731〜3733もと鶴臨→国鉄モハ1520
モハ751〜753モハ3621〜3623もと宮城→国鉄モハ2320
モハ761〜763モハ3431〜3433もと阪神601
モハ771〜772モハ3441〜3442もと京王2400
クハ811〜812クハ1732、1734もと鶴臨→国鉄クハ5510
クハ821〜822クハ1802、1804、1806もと青梅→国鉄クハ6110、6120
モハ1001〜1002モハ3721、3723自社発注
モハ1011〜1016モハ3611〜3616自社発注
モハ1021〜1024モハ3631〜3634自社発注
クハ1051〜1052クハ1722、1724自社発注


6)1967年を最後に買収国電が枯渇したこともあり、国鉄からの車両導入は途絶える。
 当初は、複数の中小私鉄から何両かを導入したが、やがて、大手私鉄からの車両譲渡が本格化する。
 当初、京王と京成の車両を西武所沢工場で改造したものを導入したが、その後、西武鉄道そのものから20m級車を導入。
 愛甲線の主力車種となり、形式の統一が図られてゆく。

 また、沿線の発展と急速な人口増加、そして秦野・大山線の昇圧を控え車両数は急増。新造車は1970年に機器流用車を2両を導入した後は見送られることになった。
 1966年に64両だった車両数は、1975年には75両、1984年には87両と10年で10両以上のペースで増えている。

入籍車両入籍
除籍車両除籍
増減
車両
総数
改造等備考
1969モハ37031-1673703は
踏切事故廃車
1970モハ3811、3812
 
2269
1971モハ3821-クハ1822
 (もと富山地鉄クハ90)
2271モハ3511 厚木→平塚
1972071モハ3422→クハ1422
モハ3442→モハ3443
1973モハ3541
 (もと鶴臨→上田モハ4255)
モハ3741〜3745
 (もと京王デハ1710)
6モハ3433
 (もと阪神601)
1576モハ3451・3452→
クハ1452・1454に
愛甲線
朝の4連開始
1974モハ3751-クハ1752
モハ3753-クハ1754
モハ3755-クハ1756
 (もと京成モハ600)
6クハ1202、1204
 (秦野)
クハ1301〜1304
 (相北)
モハ3431〜3432
 (もと阪神601)
モハ3521
 (もと伊那)
8-373モハ3402、3404、3406→クハ1402、1404、1406

クハ1512、1514、1516
モハ3611、3612、3615
モハ3631-クハ1632
 田名→平塚
秦野線
大山線
昇圧
1975モハ3757-クハ1758
 (もと京成モハ600)
2275
1976075
1977075
1978モハニ24121-174モハ3621〜3623
 厚木→平塚
モハニ2412は事故廃車
1979モハ3001-クハ1002
 (もと西武501)
2276
1980モハ3003-クハ1004
モハ3005-クハ1006
 (もと西武501)
4480
1981モハ3011-クハ1012
モハ3013-クハ1014
 (もと西武451、601)
4484モハ3633-クハ1634
 田名→平塚
1982084
1983モハ3015-クハ1016
 (もと西武451)
2286
198400086
1985モハ3761-モハ3762
モハ3763-モハ3764
 (もと京王2010)
4モハ37441389モハ3635-クハ1636
 田名→平塚
愛甲線
区間列車
運行開始
19860089クハ1822→モハ3822
19870089
1988モハ3017-クハ1018
モハ3019-クハ1010
 (もと西武551、571)
4モハ37321392愛甲線
区間列車
3連化
1989092


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