エピローグ:何日君再来
当初は朝早く起きて、台北周辺の木造駅舎を見に行くつもりだったが、
結局爆睡してしまい、ホテルを出たのは午前8時になってしまった。

一旦、捷運の円山に行き電車の写真を撮影。
ラッシュの混雑は、台北もなかなかのものである。
捷運
●円山駅に進入する捷運の南行電車。

その後、台鉄に乗り樹林駅へ。
列車撮影を行ったが、なかなかEMU100が来ないのでズルズル長居をした結果、
台北駅に戻った時点で、残された時間はたったの1時間。 国立博物館と、その前にある台湾の1号蒸機、そして旧勧業銀行を慌しく見て廻る。
国立台湾博物館 土地銀行
●国立台湾博物館と台湾土地銀行(旧:日本勧業銀行台北支店)

本当は、もう一回「台湾の食事」をしたかったが、仕方が無いので台湾の飲料を飲むことに。
スタンドで適当に頼んだら、ミントのジュースだった。
そして、駅前の国光客運のターミナルから中正機場ゆきのバスに乗りこんだ。
車内は、ほぼ満席で漸く一席を確保した。



台湾・・・そこは私にとって郷愁が溢れる国だった。
日本時代の面影を残す街、美しい田園風景、親切な人々が熱心に働く姿に、忘れてしまった美徳を重ねるのだろう。
そして、この国では日本人であることを隠す必要はない。
むしろ街に溢れる「日本」に戸惑いを感じるほどである。

でも、何ゆえ、日本に寛容なのかは理屈は兎も角、感情では結局わからなかった。
その中で、一つだけ気になったことがある。

それは台湾と日本は、両思いではなく、互いが互いに片想いの情を抱いているだけではないのかと・・・。

日本が台湾に寄せるシンパシーと、台湾が日本に寄せる羨望は
何かすれ違っている印象が、どうしても拭えなかった。
互い反目し、絶対に受け入れられない部分があると悟っている韓半島や北京政府より
もしかしたら、互いへの理想が大きいだけに、逆に大きな傷が残らないかと、心配になるのである。

懐かしさが心地よい・・・それは現在の昭和30年代ブームと、どこか根底で繋がっているのかもしれない。
だが、昭和ブームは、その時代を美化しているだけで、理解しているようには思えない。
台湾についても、もっと理解しなくてはならないことが沢山あるように感じた。

バスは最初の日と同じルートを逆走してゆく。
再び、建設中の高速鉄道の高架をくぐった。
次に来るときには、きっとこの「新幹線」が開業しているだろう。
その時も、この国の人の笑顔と街の賑わいが変わっていないように。
そして、お互いがもっと近い関係になっているように。

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