創作ノート・・他のバス会社との関連 バスは鉄道よりも路線網が細かいことから、より面的な広がりを持ちます。そして、路線の延長は自前のインフラを殆ど必要としないことから、より簡単に達成できます。 それは、バス事業者毎の独占営業エリアが鉄道事業者より、明確にわかれていることを示し、また営業エリアの境界では激しい攻防が行われてきました。 「神奈川電鉄のあゆみ」で述べていますが、神奈川電鉄は実際には戦時統合で神奈川中央交通一社に統合された神奈川県央地区が、相模川を堺に東西に二分されて統合が実施された、という形でその歴史的存在理由を想定しています。神奈中の相模川西岸の営業エリアは、こちらの世界では、神奈川電鉄の独占営業エリアになります。 逆に、神奈川中央交通は相模川東岸のみをエリアとすることになります。西岸には、おそらく茅ヶ崎から平塚へ、海老名から厚木へ、それぞれ僅かに乗り入れるのみでしょう。 一方、「神奈川電鉄の前身、愛甲鉄道は上溝にバス営業所を持っていた」関係で、相模川東岸でありながら、相模原市北部にも神奈川電鉄バスの営業エリアは伸びています。 ここでは、地理的な境界線がないため、両者が入り乱れて路線網を広げたことにしています。現実と同じように、相模原駅〜相模大野駅や上溝〜相模大野駅のバスは神奈中が運営し、相模大野駅〜北里大病院では激しい競争が行われているのでしょう。 神奈川電鉄のバス事業の一部にしてしまったもう一つの事業者が、京王電鉄のバスです。 現実には同社が保有する八王子市柚木地区の路線網と八王子市中央〜西部の一部路線を、神奈川電鉄のバス事業と想定しています。 これは神奈川電鉄津久井総線の前身、南津電気鉄道が延長する筈だった柚木地区でバス事業を行っていたという歴史想定に基づくものです。 この他の事業者、富士急行・箱根登山鉄道・相模鉄道・西東京バスについては、ほぼ現実と変わらない想定にしています。 この頃(1989年)だと、未だ相鉄のバスが本厚木に乗り入れていましたね。 |